2011年6月の小ネタ
「ルイス・キャロルの意味論」
ルイス・キャロルが残した論理パズル関連の記事を柳瀬尚紀がまとめた「不思議の国の論理学」(amazon) を読み返したくなった。雑誌に紹介したものや本として出版されたものの抄訳などが雑多に集められており、網羅的なものではなく言わば柳瀬尚紀によって編集されたキャロル流論理パズル集であるが、ところどころ気が効いていて面白い。僕が挑戦している「ダブレットの Vanity Fair 問題の日本語化」もこの本からのアイデアである。さて、手元に同書がなかったもので、Amazon で取り寄せようとしたら、その Amazon から推薦されたのが宗宮喜代子「ルイス・キャロルの意味論」(amazon)。
題名からの印象では、意味論の考え方で「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」を読み解いていく、という内容の本かと思ったのだが、読んでみるとむしろ、アリスを題材にした意味論入門、とでもいうべき優れた解説書だった。ルイス・キャロルすなわちチャールズ・ラトウィッジ・ドジスンを、古典論理から現代論理へ、命題論理学から述語論理学・記号論理学へと論理学が進歩していく端境期において苦しんだ論理学者と位置づけ、彼が著作に埋め込んだ様々なナンセンスをその苦しみの現われとして読み解いていく。古典論理の立場から生じるそれらの苦しみを、フレーゲやラッセル、ソシュールらがどう解いていったのかを、そうしたナンセンスを引き合いに出して、現代的な論理学でどう捉えられているのかを解説しており、知らず知らずのうちに現代記号論理学の考え方を理解していくことができる。アリスを一通り読んだことのある学生で論理学に興味があるのならば、入門書として最適かもしれない。
ドジスンが論理学者として乗り越えられなかった壁は、ナンセンスとして作品に定着された。その豊穣はご存知の通りだが、その裏にこんな苦しみがあったと知ると、またかえってルイス・キャロルの作品がさらに愛おしく、面白く感じられるようになった。