目次〜 前章「延岡での決断」〜 次章「九州のへそを行く〜高森・立野〜」
夜の高千穂ガイド
神話の里を彷う
繁華街と一口に言うが、いったいどっちに行けば繁華街になるのだろうか。 普通、繁華街は駅前と相場が決まっているが、今まさに立っている所が駅前であり、 そこはどう見ても繁華街とは言えない。何もないのだ。 まだ七時を回ったぐらいだというのに灯のついた建物が一件たりとも見当たらない。 これはとんでもない所に来てしまったぞ、と思いはじめた頃に駅前案内地図がやっと目に入った。 それによると南にちょっと歩いた所にバスターミナルがあり、その周辺が比較的栄えているようだ。 そして繁華街の場所が判っただけでなく、 実は高千穂という所が日本神話に出てくる有名スポットが林立した、とんでもない所である事が判明した。 思いもかけず、かねてから望んでいた日本神霊スポット巡りの第一歩となってしまった。 これも神様のお導きであろうか。ま、それはともかく飯だ飯。というわけで繁華街らしき所までとことこと歩き出した。
結論から言うと、思ったよりも高千穂は栄えた町だった。結構店は沢山あり、 家電の量販店らしきものまである。ま、仮にも鉄道の終着駅であり、 バスターミナルもあるわけだからして、それぐらいは当然と言えば当然なのだろう。 これで飯の心配は無くなった。とりあえずそこら辺の店で生姜焼定食を食べて晩飯はクリアした。 食後のコーヒーを飲みながら今後の計画を練る。バスターミナルで得た情報によれば、 高森行きのバスに乗れば西へと行けるらしい。どうせなら始発に乗ってしまって、行動時間を多く取りたい。 一番早い便は、朝6:25発である。明日は早起きしなければならない。
さて、今後の予定を考えるに「続いて今夜の宿を」というのが正常な人間の取る行動なのだろうが、 その日の私は林立する神霊スポット巡りを優先した。 その裏には、「今夜は野宿」という、今から考えるとそれは恐しい計画が胸の内にあったからだ。 なぜ冬のさなかに野宿か?それは単に“野宿”という行為に憧れを抱いていたからに他ならない。 この夏には友人達が北海道で『全行程野宿』というそれは楽しそうな旅をしてきており、 ちょっと前にその体験談を聞かされていて、 私の心の中では『野宿=楽しい』という図式ができあがっていたのだ。 じゃあ荷物の中に寝袋や毛布といった野宿のための用具があったのか、 というとそんなものは何も持っていなかった。厚手のコートが一着あるきりである。 それが如何に無謀であったかは後でとくと知るはめになるので、 とりあえず今は先をお読みいただきたい。
その日は丁度満月で、月明りがあたりに煌々と映えていた。遠くの山並みの輪郭線がはっきりと見える。 木の葉が月に照らされて、遠目にも一枚一枚数えられる程だ。 足元からは自分の影が北西へと伸びている。夜の散策にはうってつけの日だ。 さて、まず目指したのは高天原である。神々が次々と降り立った、 まさに日本の原点とも言うべき由緒正しき土地である。 高天原までの道の途中に、『夜哭き石』などいかにもな所もあったのだが、 あたりには街灯もなく、いくら月が明るいとはいえ物陰に入れば鼻をつままれてもわからない暗闇であり、 加えてやはりそういった所は夜に見るとたいそうな迫力で、 しめ縄が張ってある神木ぐらいでもなかなかどうして、そのつまり恐かったのである。 もっとも夜哭き石ぐらいは見ていこうと道を歩いていったのだが、結局石は見付からなかった。 曲るべき横道の所在すらよくわからない状態だったのに加えて、その辺に掲げられていた地図がえらく大雑把だったためだ。 いずれにしても夜に行くような所ではない。
さて、肝心の高天原であるが、 丘をずんずん登っていくと、歌碑の所在を示す看板があり、ちょっと開けた所に出た。 きっと除幕式でもやるために伐裁したのであろう、長方形の広場ができている。 さて、困った事にここから先どこに行ったものか、皆目見当がつかない。 高天原に通じる道がまったく分らないのである。灯の類いはまったくなく、 あいにく雲が出てきてせっかくの満月も役に立たず、あたりはうすぼんやりとしか見えない。これはまずい。 うかつに森の中を抜けていったらWISS参加者で神隠しにあった人間第一号にでもなりかねない。 仕方なく高天原は諦めることにし、そのかわり、この広場で一晩過ごすかどうかを検討すべく、 そこいらのベンチでちょいと休むことにした。街からもそんなに離れていないし、 ベンチもあるし決して悪くない。少し心が決まりかかった所で不意に懐中電灯の明りが見えた。 誰か来る。誰
青木ヶ原樹海じゃないんだから
これでスケッチブックでも持っていたら完全に自殺者扱いであっただろう。 仕方なくとぼとぼと、今度は駅の反対側、高千穂渓谷に向かった。 車道を降りていくと次第に水の音が強くなってくる。なんだか楽しくなってくるのは、 子供の頃にこうした渓谷や川へときどき遊びに行っていた時を連想しているのであろう。 少し懐しい思いもするにはするが、子供の頃はさすがにこんな夜中には来なかった。 さて、高千穂渓谷には様々な観光スポットが散在している。写真を交えて紹介しよう。
高千穂峽神社
はて、神社だったかどうだったか…。暗くてよく分からなかった。
玉垂の滝
これでも頑張って増幅しているのだが、いかんせん夜中に撮った写真なので何が写っているのかもはっきりしない。
ただ水の流れ落ちる音から、どうやらそこに滝があるらしい、という事が分かるのみであった。
おのころ池
池が写っている模様。足元がよく見えないので大変恐かった。散策の為の遊歩道が整備されているらしいのだが、
街灯は一本も立っていない。夜に観光客が来る事は想定していないのであろう。
とまぁ、つまるところ何にも見えなかったのである。 遊歩道を歩いていくと鬼の哭き石だの真名井の滝だの面白そうな物件があるらしいのだが、 足元が見えなくて危なっかしいのでパスした。どうせ行ったところで何も見えまい。
さてさて、車道を降りきるとそこは休憩所仕立てになっていて、ベンチがあり屋根があり、 傍らには自動販売機が何台も設置されていて、強烈な光を周囲に撒き散らしている。 ちょっと明る過ぎるのは気になるが、屋根もあるし、暗過ぎて心細いという事もない。 今日はここで寝るかぁ。というわけで本日の寝床を確定、さっそく自動販売機で暖かいコーヒーを買い、 暖をとる。そう、この時はまだ気がついていなかったが、暖をとりたくなるくらい寒かったのだ。 そんな事は気にも留めず、そこらを散策する。昼に来たらさぞかし面白かろういろいろなスポットがあるらしいのだが、 まったく見えない。ただごうごうと水が流れる音がするのみである。つまらない。とぼとぼと先程の休憩所に戻り、 寝る態勢に入る事にした。ごつごつしたベンチに横になり、荷物を枕にして目を閉じる。 水の流れる音の他には、鳥か獣がいるのだろう、時折ガサガサッという音が聞こえてくる。 これが待望の野宿なんだ。興奮しているのだろうか、寝不足のはずがなかなか眠れない。
いや、違う、眠れないのは興奮のせいじゃない、足がやたら寒い。 考えてみれば上半身はコートに包まれているが下半身は綿パンひとつ。これじゃ寒いわけだ、 と荷物の中からトレーナーを引っ張り出し、足にかける。やれやれ、これで眠れる。 しかし落ち着いてみると結構寒いな。九州はもっと暖かい所だと思っていたけど。 でも考えてみると結構標高が高い所にいるわけだし、しかも渓谷というぐらいで、 すぐ側で水が流れている。夜中の冷却はけっこう厳しいんじゃないか。 と、なんとなく朝の谷間の光景が頭に浮んだ。霧にむせぶ朝の谷間に日が差す…っておい、 このまま朝を迎えると、朝露でビショビショになるんじゃないか? この時になってようやく冬の野宿の恐ろしさに頭が思い至る。これは洒落にならない。 夜露で濡れる事の恐ろしさは経験した事がある。骨の芯まで寒さが浸透するのだ。これは絶対にまずい。 私はガバと起きあがり、荷物を手にし、今夜の宿を求めるべく再び繁華街へと歩き出した。 時刻は十一時。果して今から宿屋に泊まれるものか…。
文中、文章が切れている箇所がありますが、作者の意図によるものです。