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あゝ憧れの島原航路

熊本逃避行

細い横道を下っていくと、やがて大きな通りにさしかかる。通りの向こうには果してユースホステルがあった。 しかしここでは食事は提供していないとあっさり伝えられる。駐車場に掲げられている大きな地図を見ると、 まだまだ山頂は遠い。そして意外な事に、ここから阿蘇駅まで結構近い事が判明した。もはや迷う余地はない。 私はさらに阿蘇駅まで降りていった。もはや何も考える気にもなれない。ただただ痛む足を引きずりながらずるずると坂道を下っていく。

街に出た。阿蘇駅周辺はさすがに開発が進んでおり、いろいろな店が並んでいる。とりあえず手近な店に飛び込んで食事をとる。 腹を満たした後に、今後の進路を検討する。腹がくちくなれば気もゆるむとはいえ、さすがに再び阿蘇を目指す気にはなれない。 となれば再び電車に乗り、九州を西に、すなわち熊本を目指すことになる。熊本には熊本港があり、そこからフェリーが出ている。 手元の地図では詳しいことは分からないから、熊本まで行って決める事にしよう。駅舎で待つこと十数分、 熊本方面行き電車がやって来た。椅子に座るなり強烈な眠気が再び襲ってくる。

ふと目が覚めると、電車は市街地を走っていた。もうだいぶ西に来ているらしい。日差しも大分柔らかくなっている。 電車の中は学生でいっぱいだ。参考書を睨んでいるのがいる。集団ででかい声で会話している奴等がいる。 PHSの端末をいじってるのがいる。一瞬、どこも同じ風景だなと思うが、僕は彼等の日常のほんの一瞬しか見ていないのだ。 現に今朝高森行きのバスで見た学生達を見た時は随分違うなと思った筈だ。思いなおしてもう一度電車の中の学生達を見ると、 微妙に服装や髪型の傾向が東京の学生とは違う。それはもちろん土地柄や後にある背景の差からくるわけで、 つまりは自分の知らない何かがあるという事だ。だからこそ、「日本人は…」「近頃の若者は…」といった言葉で、 日本全体の人物像を述べる事には絶対に無理がある。自分は絶対にそんな無茶な総括をすまい、と心に決める。

てな事を考えているうちに熊本に着いた。熊本駅前に立ち、あたりを見回す。 この時まで熊本市内に路面電車が走っているなんて知らなかった。うーん、乗りたい。 しかしその前にまずは今後の進路を考えよう。みどりの窓口で時刻表を片手に検討する。当初からの目的であった船による移動は、 熊本港から出航するフェリーに乗る事で達成できる。フェリーの行き先は、島原と天草諸島。 はて、天草諸島はなんとなく面白そうではあるが、宿はあるだろうか?それに明日の夜には福岡にいないといけないのに、 随分と遠回りになる。ここは無難に島原にしよう。フェリーの出航時刻を調べると、まだしばらく間がある。 折角だから路面電車に乗っていけるどこか面白いところはないかしら、と思って今度は市内観光案内図を見ると、 熊本城といういかにもピッタリな所があるではないか。というわけでさっそく熊本城へ向かう事にした。

案内板によると敷地内にプールがあると書かれているのでさっそく行ってみたら屋外プールだった。という事はさておき、 熊本城に入る前に隣にある加藤清正神社に参拝。元は猿田彦を祭る社だったらしいが、今は末社に据えられている。 ここで旅の無事を祈願した後、いよいよ熊本城へ。 ここの石垣は場所によって工法に差があるが、どれも見事に組まれていて、角を曲がる度に感心させられる。 本丸内は完全に再整備されていて、中は単なるコンクリートづくりのビルになってしまっており、何の趣もない。
さっさと通り過ぎて再び城下に戻る。熊本駅に戻り、モスバーガーで早めの夕食をとる。 ところでモスバーガーの写真を撮っていた時に「やだ、あの人モスの写真なんか撮ってる」と隣の友達に喋っていたお姉さん! 別にモスバーガーが珍しくて撮っていた訳ではないんだ、僕は単にモスのファンで、 旅先で寄ったモスの写真を撮っておけば記念になると思っただけなんだ!人を田舎者扱いするな!

さて、フェリーの出航時刻も近付いてきた。ここから熊本港まではバスがあって、 ちょうど接続するようになっている事は事前のリサーチでわかっていた。慌てず騒がずバスを待つ。これが大人の旅ってもんよ。 ほら、定刻どおりバスが来た。バスに乗り込み港を目指す。ちょっと道が混んでいるかな。まぁ問題あるまい。 と余裕をみせて奥の座席にふかぶかと座り込んでいたのだが、そうも言っていられない事になった。 熊本港の手前には長い橋があるのだが、その橋の手前にいる時点ですでにフェリーの出航時刻になっている。 これはちょっとまずいんでないかい?まぁ、接続バスが遅れるんだから、フェリーもそれにあわせて待っていてくれるだろう。 そんな事を考えるうちにフェリー乗り場に到着。思わず走り出す。そして桟橋の方を見やると…

そこには今まさに出港せんとするフェリーの姿が!そして僕はその時わかっていた。こういう状態になったらもはや乗船不可能なのだと。 それでも切符売場にかけこみ、「切符ください!」と叫ぼうとする私の耳に、「今出ました!」という職員の声がつきささる。 回れ右で待合室に戻る。日はすでに沈み、あたりはすっかり暗くなっていた。

惰性の王国

待合室で適当な箇所に陣どり、とりあえずノートパソコンを開く。次の船が来るまで一時間ちょっと、バッテリーには充分余裕がある。 という訳で僕はわざわざ旅先でコンピューターの世界へと没入した。旅の記録をつけるのが目的だったのだが、 結局空いた時間の半分ぐらいを環境設定に費してしまった。この性癖は何とかならないものだろうか。 ちょっとしたバグでも見付けようものならその場でデバッグ作業に突入してしまったり、 新しい機能を思いついたりするとすぐにコードを書かずにいられない。

やっとこさ次の船が来た。これが今日の最終便だ。船内はがらがら。とりあえず扉のすぐ側の席に座る。 後で甲板に出て、船旅の情緒を味わおうという魂胆からだ。ほどなく船は出港する。 定期運航しているフェリーの出港風景なんて実に味気ないものだが、間の抜けた船内放送と正面に据えられた大画面TVが、 さらに味気を色褪せさせる。こうしてはいられない。さっさと外に出て情緒を味わおう!

外は真っ暗だ。船尾の方を見やると、熊本の夜景が見える。そして空には、 この道中ずっとお世話になっている大きな月が煌々と光っている。月明りが水面に映えて、海面に巨大な三角形を描いている。 これこれ、こうでなくちゃ。わざわざフェリー一本見逃したんだから、これぐらいの演出がなければね。 デジカメで何枚も写真を撮る。後でWebページに載せれば、これは引き立つぞ、と思っての事だが、 こうしてWebページを御覧の方なら、このもくろみがどんな結末に終ったかは察しがつくだろう。デジカメは難しいね。

一通り旅情を賞味したら後は寒いだけなので、さっさと船内に引っこんでうつらうつらしているうちに、船は島原に着いた。 そういえば島原には何があるんだっけ…と今さらながら考えていたら、 お土産コーナーに『雲仙普賢岳噴火饅頭』なるものが置かれているのを発見。そうだ、雲仙があるんだった。 ちなみに件の饅頭は、全体が普賢岳の形を模した容器になっていて、 紐を引くと薬品が反応して中の饅頭が暖められるという仕掛になっている。おそらく頂上の穴から蒸気が噴き出すようになっているのだろう。 なかなかいい神経している。

この日は海に面した手近なビジネスホテルに泊まる。面白味に欠けてすまないが、疲れていたので勘弁していただきたい。