目次前章「あゝ憧れの島原航路」

ハウステンボスは儲かるわけだ

普賢岳を臨む

朝だ。疲れてはいても、早く起きて行動しなければという意識が働くらしく、結構早く起きてしまった。 窓の外からは、朝日が映える島原湾が見える。さて、今日はどこに行こう。地図を見ると、 普賢岳付近を通って島原半島を横断するバス路線があるようだ。飛行機の関係で今晩七時には福岡にいなければならないから、 普賢岳を見て長崎まで足を伸ばしたら時間切れだろう。このプランで行こう。

バス停までの道を歩いていると、ここからでも雲仙が見える。雲仙の活動が活発だった頃は、ここに居ても恐怖を感じただろう。 通りには雲仙復興がらみの、建設省の仮設事務所が建っている。しかし昨日すでに雲仙噴火饅頭を見ていたので、 生々しさはあまり感じない。普賢岳から離れたここではとりあえずは過去の出来事として一段落しているのかもしれない。

さて、バス停にはやって来たのだが、バスの発車時刻を見ると、どうも随分待たなればならないようだ。折角早起きしたのだから、 この時間は惜しい。急拠予定を変更して、島原鉄道で島原半島を半周する事にする。電車はすぐ来た。 進行方向左側の席に陣取る。電車は海沿いに左へ左へと曲がりながら進むので、常に左手に普賢岳を臨むことになる。 発車してしばらくはそうやって普賢岳の姿を見ていられたのだが、しばらく進むうちにだんだん遠ざかってゆき、 しまいには見えなくなってしまった。こうなるともはや見るべきものはない。呆けているうちに電車は諌早に着いた。

なんと、あの諌早湾の諌早である。折角だから諌早湾でも見に行こうか、と思ったら、 諫早湾に行くには諌早よりも一つ前の駅で降りた方が近かったらしい。 昨日から引き続き痛む足をひきずって一駅も歩いてまで見に行こうという気力はさすがに起きなかった。 さてこうなると次の行き先に悩むところである。とりあえず諌早から出る電車は…ふむ、長崎・佐世保・佐賀と。 いろいろあるな、長崎にでも行こうかな…と思いかけているうちに、電光掲示板に表示された『特急ハウステンボス』 に僕の目は釘づけになった。

この旅行記をはじめから読んでいる方は御存知だろうが、この旅は宮崎シーガイアから始まった。 シーガイアは巨額の赤字が話題となっていて、その話をしているときは対極として必ず長崎ハウステンボスが持ち出されていた。 そのハウステンボス行きの電車がもうすぐ来る。シーガイアに始まりハウステンボスに終わる、なんて象徴的な旅程だろう。素晴しい。

こうして、後に様々な人から「一人でハウステンボス?」と指摘される行程に僕は飛び込んだ。

長崎は今日も駄目だった

電車はハウステンボス駅に着いた。特急ハウステンボス号を降りた駅のホームから、すでに赤レンガの建物が見える。この駅はまさにハウステンボスの為にある駅で、 なにせハウステンボスに行く以外の道がない。ハウステンボスまでとぼとぼと歩いていくうちに、足の激痛がまたしてもぶり返してきた。 こんな状態で園内の散策なんかできるのか?ひとまずコインロッカーに荷物を放り込む。足取りが軽くなる。 考えてみればこれまでのほとんどの行程をずっと荷物を担いだままこなしてきたのだった。足が痛くなるのも無理はない。 園内案内図を見ると、なんと幸運な事に今はM.C.エッシャー展をやっているらしい。これは是非とも行かなければ。 とりあえず入場券を買おう。入場券には、入場のみのものと、何やら星印がいくつかついているものがある。 どうやら有料アトラクションや園内の乗り物を利用するとこの星印を消費する仕組らしい。 星印が無限についてくるフリーパスみたいなものもあって、結局これを買う。さあいよいよハウステンボスだ。

赤レンガ、巨大な風車、運河、でっかい木靴。園内はオランダの記号(シンボル)で埋め尽くされている。 確かにこれは凄い。そしてこれが思ったより広いのだ。端から端まで歩くのに30分ぐらいはかかるかもしれない。 そして目当てのエッシャー展は入口から最も遠い場所で開かれているのだ。今の足ではしんどい。 折角フリーパスを買ったのだし、やはり乗り物を利用しよう。

たしかバスがあった筈だが…とバス停まで行くと、園内共通の星印が使えず、余計に銭がかかる事が判明。 これはいくら何でもひどいんじゃない?このフリーパスで使える乗り物というと、運河を走る船ぐらいしかない。 この船、園内の二箇所を往復するだけなので、自由度が低い。まあそれでも無いよりかはましだ。船に乗ろう。

園内中心部に着いた。何やらアトラクションがいろいろあるらしい。 が、それはひとまず置いてまずはエッシャー展目指して歩かねばならない。貸し自転車があるのだろう、 自転車で颯爽と走っている人が何人もいる。うらやましい。中には二人こぎ自転車に乗っている男女もいる。 ますますうらやましい。俺何やってんだろうという疑問を胸にしたまま、エッシャー展の会場に到着した。

会場内に入る為にさらに500円の追加料金を取られる。まあ仕方あるまい。半ば予想はしていたし。 さて、中にはエッシャーの絵がたしかに展示されていた。そのほとんどがエッチングであるとはいえ、 生のものを見るのは初めてだったので感慨深い。印刷物だといまひとつピンと来ないが、 こうして見てみると、エッチングによる繊細な線が無機質で冷たい世界の表現にぴったり合っている事がよくわかる。 また、エッシャーというととかく平面分割もの・だまし絵ものが取り沙汰されるが、 そうでない割と普通の絵もちゃんと展示されていて良い。が、展示を誉めるのはここまで。 絵の脇に設置されている解説の内容がひどい。メビウスの輪やネッカーの立方体など、錯視に関する説明が間違っているか、 そうでなくても内容を端折り過ぎている。ラテン語の翻訳も、僕はラテン語を知らないとはいえ、明らかに端折っているのがわかる。 ま、それでも生の絵を見られたから良しとしよう。

会場の外に出ると庭園に出た。いかにも庭園ですっ、という、気合いの入った庭園で、とても気持がよい。 もっとも欧州式庭園というのは、とにかく広い事が条件の一つであり、残念ながらこの狭さでは魅力も今ひとつだ。 などど評論家ぶってもしょうがない。目的は果したし、とりあえず園内の中央あたりまで戻ろう。 さて、次に目指したのはエッシャーをテーマにした立体映画だ。入口で偏光式の立体眼鏡を受け取り、座席に座る。 程なく上映開始…なんだか犬の命を救うため女の子が冒険に出るというストーリー仕立てになってるぞ。嫌な予感大爆発である。 そしてこういう予感は必ず的中するもので、もう何がエッシャーなんだか、ひどいものであった。それでも、 いつかVJネタで作ろうと思っていた映像効果をいくつかやられていたのでちょっと悔しい思いをして外に出る。

さて、もう見るべきものはみた。あとは土産だ。あたりをふらふらしていると、チョコレートの匂いが漂ってくる。 匂いのする方向へ足を運ぶと、「チョコレートハウス」なる店が。ここに間違いない。一歩足を踏み入れると…

なんと、噂に聞いていたチョコレートの滝は、ここにあったのか!そう。上からチョコレートがトロトロと流れているんである。 なんというか、まったく表現できない感動というか動揺が走る。お菓子の家を発見したヘンゼルとグレーテルの気分は、 きっとこんな感じだったのではないだろうか。すべての理屈を否定するような、有無を言わせぬ圧倒的な存在感をもって、 何の意味も由来もなく、ただただチョコレートが流れ出る装置がここにある。

こんなものが店内にあるのだから、店の中は強烈なチョコレートの匂いが充満している。 ちなみに「チョコレートは食べないでください」という注意書きがあったが、みんな指ですくって味見してたぞ。 さて、折角だからという事でチョコレートケーキだのを買っていく。オランダのWIJS&ZONENの茶葉も売っていて、 「蓋を開けて香りをお確かめください」と書かれていたりするのだが、 チョコレートの滝のせいで鼻がバカになっていてまったくわからん。ま、いいやとこれも買っていく。 土産では他にチーズの類を買いまくる。チーズぐらい近所の信濃屋に行けばいくらでも海外のものを買えるのだが、 “折角だから”心理には勝てない。

そろそろ帰らないと飛行機の時間だ。何だかんだと言いながら、このテーマパークは本当によくできている。 少し帰るのが惜しくなる。絵になる風景を探して、最後の一枚。

あとは福岡まで一直線。福岡まで来てしまえば、福岡から羽田などあっという間だ。明日になればいつも通り大学へ行くのだ。 この余韻の無さが、かえって旅の想い出を強めてくれるじゃないか、と自分をだましながら、帰途につく。

終わり