「醍醐味」と「淡」
前回のエッセイ「『六味』における『淡』はどんな味なのか」で、味の基本味を6種類と定めた「六味」を紹介した。
この「六味」について調べていく過程で、森田潤司「食べ物の名数(6): 食べ物の名数(補遺)」1 という論文を見つけた。論文題目どおり、「三大珍味」や「七味」といった、食べ物にまつわる名数を辞典形式で紹介するものである。
この中に「六味」の項目があり、第一義はやはり「酸・苦・辛・鹹・甘」の中国五味に淡を加えたものが記されているのだが、その第二義として以下のように書かれていた。
仏教用語で牛乳及び乳製品の加工過程の六段階。①乳・酪・生酥・熟酥・醍醐・淡。
乳〜醍醐の部分は仏典ではよく見かけるもので、前エッセイで紹介した『大般泥洹經』や『大般涅槃経』にも、「譬如從乳出酪、從酪出生蘇、從生蘇出熟蘇、從熟蘇出醍醐(例えば乳より酪を出し、酪より生酥を出し、生酥より熟酥を出し、熟酥より醍醐を出すようなものである)」のように、乳〜醍醐を並べた一節がある2。前掲論文にも「五味」の項目の第三義にこれが挙げられている。
さて、「六味」の第二義には出典として、以下の2件の文献が示されていた。
- 『日本名数辞典』,朝倉治彦・井門 寛・森 睦彦〔著〕,東京堂出版,1974
- 『名数数詞辞典』,森 睦彦〔著〕,東京堂出版,1980
どちらも近くの図書館に入っていたので調べてみたところ、確かに「六味」の項目に、乳〜醍醐に淡を加えたものが掲載されていた。しかしその出典は、いずれの辞典でも明らかにされていなかった。
念のため、『中国名数辞典』3で「六味」をあたってみたものの、書かれていたのは「酸・苦・辛・鹹・甘・淡」のみで、醍醐味を含んだものは書かれていなかった。「五味」を引くと、「酸・苦・辛・鹹・甘」と「乳・酪・生酥・熟酥・醍醐」がそれぞれ掲載されている。
いちおうネット上の情報もいろいろと漁ってみたものの、乳〜醍醐に淡を加えて六味とする用例は他に見つけられなかった。
これは邪推かもしれないが、どこの誰かはさておき、基本五味に淡を加えて「六味」とする、という記述をどこかで見かけ、その「五味」を乳〜醍醐のことだと勘違いして、「乳・酪・生酥・熟酥・醍醐・淡」の「六味」を作り上げてしまった人がいたのではないだろうか。その記述が『日本名数辞典』に紛れ込んでしまった、というのが、現時点での私の推測である。もし乳〜醍醐に淡を加えた六味が確立した枠組みであったならば、以上の推測はことごとく的外れということになり、ひとえに私の調査不足である。出典をご存知の方がおられれば、ご教示いただければ幸いである。
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森田潤司「食べ物の名数(6): 食べ物の名数(補遺)」同志社女子大学生活科学会 Vol. 49, pp. 60-102, 2015 ↩︎
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大正新脩大藏經 第 12 冊 No. 376 佛說大般泥洹經卷第五, 如來性品第十三 (reprinted by CBETA Online) ↩︎
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川越泰博編『中国名数辞典』国書刊行会, 1980 ↩︎