「『考えさせる問題』への疑問」に掲載した練習問題の解説

前エッセイ「『考えさせる問題』への疑問」の最後で、「考えさせる問題」の例として以下のような練習問題を出した。

以下の文を読んで、問いに答えよ

LED はその効率の良さから、ディスプレイ用素子として期待が高かったのですが、赤色の LED は比較的早い時期に明るくて効率のよいものができた一方で、青色や緑色の LED は明るくて効率のよいものがなかなかできませんでした。しかし赤﨑勇や天野浩、中村修二らの研究により1990年代に明るい青色 LED が実用化され、ついで緑色 LED も実用化に成功し、現在では LED ディスプレイの他、電球や蛍光灯に代わる省エネルギーの照明として広く使われています。

問題: 照明用の白色 LED で広く用いられているものは、どのような原理で白い色を発していると思うか。簡潔に記せ。

この問題について、同エッセイでは以下のように注意を促している。

この例題には、気にかけて欲しい箇所が二つある。まず、この問題に対する解答を、おそらくは多くの人が間違える。本稿で述べた意味において、よく考えてみて欲しい。

そしてもう一つ、問題文を読んで「あれ?」と思う方も少くないだろう。一般に知られる LED の開発史とは少し説明が異なるからだ。もし、問題文がおかしいと思ったら、ぜひ手を動かして調べてみて欲しい。

断わっておくと、この練習問題は同エッセイの主題に沿い、手を動かして調べながら解答することを前提としている。もしこれが定期試験や入学試験のように、その場で調べものができないような状況で出題されるものだとしたら、よい問題とはいえない。というのも、問題文に書かれた情報のみから答を組み立てようとすると間違えやすくなるような誘導が仕掛けてあるからだ。

ただし、注意深く考えると、そのように誘導された常識的な答のおかしな点に、気付けるかもしれない。もしなにかおかしいと感じたら、ぜひ手を動かしながら考えてみてほしい。

では解説に移ろう。

白色 LED の発光原理について

ではまず、照明用の白色 LED の発光原理について見てみよう。

問題文は LED ディスプレイの話から始まっており、ここで光の三原色(赤・青・緑)を想起させるように書いてある。その三色を混ぜると白色になるという知識があれば、白色 LED でも赤青緑の三色の LED を用いて白色を作り出している、と考えられるよう、この問題は設計されている。おそらくほとんどの人がそのように解答するだろう。事実、同じ問題を私が担当している学部1年生向けの講義で出題したことがあるが、短時間で解答させるとほぼ全員がそのように解答した1

しかし、よくよく考えるとその方式にはいくつもの欠点があることに思い当たる。

まず、三色の LED の光を混ぜて白色を作ろうとすると、各色の明るさのバランスを調節しないと、思ったような白色にはならない。製造段階での品質のばらつきは不可避であるため、放っておくとそれぞれバラバラな色になってしまい、照明用途には不適となる2。かといって、それを調節する仕組みを LED に組み込むのはコストがかかり過ぎる。

さらに三色の LED を厳密に一点に設置することは不可能であるため、 LED からすべての方向に対して同じように発光させることは困難となる。向きによっては赤が強かったり青が強かったりするのは避けられない。

これは、実際に三色の LED が一つのパッケージに封入された「マルチカラー LED」と呼ばれるものを見てみるとよくわかる。下図1枚目はマルチカラー LED の光を白い紙に映したもので、向きによって色が変わってしまっていることがわかる。下図2枚目は一般的な白色 LED の光で、ほぼ均質な白色であることがわかる。

上図で用いた LED は光源を包む樹脂が半透明タイプのものなので影響は軽微だが、下図に示すような透明タイプのものだとその影響は明らかである。

また、もし三色の LED が内蔵されているのだとしたら、その内のどれか一つが故障した際に、黄色や水色といった、他の混合色が現れるはずである。しかし普段見かける白色 LED 照明で、そのように故障しているものを見たことがない。白色 LED が広く普及している現在であれば、少しはそうしたものを見かけてもいいはずだ。

ではどのようにして白色を作り出しているのか。

現在一般的な方法は、青色 LED に黄色蛍光体を組み合わせるもので、 LED からの青色と、その光で励起された蛍光体の黄色とを混ぜ、白色を作り出す。 1996 年に日亜化学工業が商品化したときからこの方式が広く使われており、発光効率に優れ3、三色の LED を用いた際にあったような、色のばらつきの問題も起きにくい4

実物で確認してみよう。下図1枚目は「パワー LED」と呼ばれる、照明用途で使われる白色 LED で、黄色く見える部分に蛍光体が含まれている。これに青色 LED の光を近付けると、蛍光体からの光と混ざりあって全体が白く光るのを確認することができる(下図2枚目)。

こちらの問題については、さっと検索して答に辿り着いた方も多いだろう。学術論文以外にも、東芝ライテック「白色 LED の発光方式」や Panasonic「LEDの発光原理と白色LEDの仕組み」など、電気メーカー各社による資料がたくさん見つかる。なので、手を動かして考えた方であれば難なく正解できたはずだ。

高輝度高効率 LED の開発史

続いて、もう一つのポイントだった LED の開発史に関する記述を検討してみよう。

問題文を読んで多くの人が疑問に思うのが、緑色 LED についての記述だろう。一般に知られるストーリーは、高輝度高効率の青色 LED の発明によって赤・青・緑の三色が揃った、というものだからだ。例えばナショナルジオグラフィック日本版「ノーベル物理学賞、青色 LED の革命」の以下の記述が典型的なものだろう。

選考を行ったスウェーデン王立科学アカデミーのプレスリリースによれば、物理学賞に選ばれた赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏は1990年代に青色LEDを開発し、“照明技術に根本からの変革を促した”という。

既に開発済みの赤と緑に加えて青色LEDが実現したことにより光の3原色が揃い、実用的な白い光のLED電球を製造できるようになった。 (強調筆者)

しかしこれは事実と少し異なる5。三原色が揃い踏みするまでに、実はもう一山あったのである。

LED の開発史を簡潔にまとめた解説論文6には以下のように書かれている。

82年ごろ、20mA の定格電流に対して光度数cd という強力な光を放つ赤色の超高輝度 LED が登場した。それ以来メーカーによる LED の高輝度化とその短波長化競争が始まった。これにより 80年[代]末までに赤〜黄色の超高輝度 LED が次々と開発された。一方、青〜緑色 LED の開発は遅々として進まなかった。 (角括弧内は筆者が追記)

つまり、80年代末の段階では緑色 LED はまだ暗く、フルカラーの LED ディスプレイを作るにあたっては能力不足と見られていたのである。

問題は明るさだけでなく、色味の面でもあった。当時実用化されていた、リン化ガリウム (GaP) を用いた緑色 LED は、いずれも「黄緑色」とでもいうべき色(波長 555nm 前後)であり7、フルカラー LED 用途としてはもう少し純度の高い緑色が望まれたのである。このことは、中村修二らが高輝度青色 LED の開発を公表して1年後の 1994 年に公開した論文「InGaN / AlGaN 発光ダイオードの現状と性能向上」8でも触れられている。

(既存の緑色 LED の)問題点としては…ディスプレイとして表示できる色範囲が小さい。今後は…ピーク波長が約 520nm の緑色 LED を作成する必要がある。

そしてこの論文を発表した半年後の 1995年6月に、中村らはピーク波長 525nm、光度 4cd と、既存のものより 40倍明るくかつ純緑色に近い高輝度高効率 LED の開発を報告する9。その論文で中村らは次のように述べている。

… in conventional green GaP LEDs the external quantum efficiency is only 0.1% … and the peak wavelength is 555nm (yellowish green).

つまり、既存の GaP 系緑色 LED は効率が悪く、黄緑色であった、と言っているのだ。

このあたりの経緯については、かつて中村が在職していた日亜化学工業の「高輝度青色 LED 発売30周年10のページでも、以下のように述べられている。

(青色 LED を使用した製品が)本格的に拡大していくにあたっては、青色に加えて、 …95年に開発・上市された世界初の緑色の貢献が欠かせませんでした。当時使われていた緑色は深い緑ではなく黄緑色で、これに従来の赤色と当社が発売した青色を組み合わせた製品は、画像品質や明るさが十分でないために少量の生産に留まり、 95年に緑色が完成したことによって、初めて本格的な市場拡大への道筋がはっきりと示されたのです。

以上に見たように、ディスプレイ用素子として実用的な色および明るさの LED が開発されたのは、赤→青→緑の順序であったのだ。冒頭に掲げた問題文はそれを反映したものとなっている11

あらためて、手を動かして「考える」ということ

という訳で、前エッセイ「『考えさせる問題』への疑問」で示した練習問題の解説をしてきた。この問題は手を動かすことの重要性を指摘するために、知ってるつもりの知識だけで解こうとすると間違えるよう設計してあった。

ちなみに、前エッセイに書いたように、この問題には元ネタがあり、LED ディスプレイから白色 LED の原理を推測させるという、誤解にもとづいた誘導は元ネタそのままである。出題する前にちょっとでも調べておけばその誤解は解けただろうに、と言うのは簡単だが、出題ミスというのは往々にして「そんなのは当たり前だから調べるまでもない」という思い込みにもとづくものであり、他山の石として、顧みねばなるまい。「手を動かせ」は、自分への戒めの言葉でもある。

さて、「考えさせる問題」についての検討を通じて、いまでは、目にしている情報に対して何かおかしいと感じることができるか、そしてその疑問や違和感を踏み台にして手を動かすところまで辿り着けるか。そうしたところを問うのが「考えさせる問題」なのではないか、と考えている。

ただし冒頭でも断ったように、この問題は試験用ではない。こうした問題は、講義で触れたり、あるいは生活の中から自分で見つけていくのがよいのだろう。

生成AI を安易に用いて作られたデタラメ情報がますます巷に溢れ出ることが予想されるいま、このことはいよいよ重要になるはずだ。


  1. 誘導がなかったら解答傾向がどうなっていたかは興味深いところだが、まだ試せていない。 ↩︎

  2. 田口 常正「白色LED照明による省エネルギー技術の現状と将来展望」電気学会誌, 2007, 127 巻, 4 号, pp. 226-229 ↩︎

  3. 坂本 考史「白色LED開発の現状と実用例について」電気設備学会誌, 2009, 29 巻, 11 号, pp. 894-897 ↩︎

  4. 脚注*2 を参照。なお同資料にあるように、青色 LED と黄色蛍光体の組み合わせでも、やはり光は均質ではなく、向きによっては黄色や青色が強く出る。これを解決する新方式もあるがまだ普及段階にない。 ↩︎

  5. このナショナルジオグラフィック日本版の記述にそもそも問題があるのはおわかりのことと思う。「実用的な白い光の LED 電球を製造できるようになった」理由として「光の3原色が揃」ったことを挙げているが、すでに述べたように、照明用白色 LED が実用化された理由は、高輝度高効率の青色 LED の発明が主要因である。 ↩︎

  6. 岡本研正「生活環境における高輝度 LED 光源の新応用」 光学, 2000, 29巻, 1号 pp. 26-32 ↩︎

  7. いまでも安価な緑色 LED といえば GaP タイプであり、家電製品の電源オンを示す部品などでよく用いられている。 ↩︎

  8. 中村修二「InGaN / AlGaN発光ダイオードの現状と性能向上」光学, 1994, 23巻, 11号, pp. 701-708 ↩︎

  9. Shuji Nakamura et al.,“High-Brightness InGaN Blue, Green and Yellow Light-Emitting Diodes with Quantum Well Structures”, Japanese Journal of Applied Physics, 1995, Volume 34, Number 7A ↩︎

  10. 日亜化学工業, 2023年(2025年9月17日アクセス) ↩︎

  11. もっとも、先に紹介した日亜化学工業のページでも書かれているように、 GaP 系黄緑色 LED を用いた低輝度 LED ディスプレイも製品としては存在したため、一般によく伝わる赤→緑→青の順序が間違いだ、とまでは言えない。ただ、実用性を考えるとやはり赤→青→緑の方が実情をよく表している。 ↩︎