偶然という物語

偶然手に入ったものほど、捨てにくいものはない。それが、いつでも手に入れられるであろう文庫本であっても。

最近は紙の本を買うことがだいぶ少なくなってきて、本屋をうろつく回数も減ってしまった。それでも足を運ぶことのある本屋は、自宅近くの買い物コースの途中にある三省堂か、新宿の小田急百貨店に入ってる「STORY STORY」くらいだ。

「STORY STORY」は近頃流行の、「ストーリーを売る」とかいうタイプの書店で、テーマに沿って揃えた企画棚なんかがあって、関連する雑貨も売ってみせたりするところ。一昔前ならそんなしゃらくさい店なんか近寄ろうとも思わなかったと思うんだけど、もっぱらネット書店で電子書籍を買うようになって、本屋がバタバタ潰れる様を見ていると、頑張っている本屋にも気が向くというもの。

で、先日そこに行ったときは「読書術」や「文章術」に関連した本が並べられていて、ちょうど文章の書き方に関するこんなツイートが反響を呼び、追加で色々と調べ始めた矢先のことだったので大変参考になり、数冊買うことにした。

それだけならどうという程のことはないんだけど、さてレジに行くか、と思った瞬間、棚に並べられた本の裏に一冊、ぽつんと横倒しになった本が隠れているのを見付けてしまった。それがこの、寺山修司の『不思議図書館』。

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稀覯本でもなんでもない新装版で、表紙は角川の余計な仕事のせいでヒドいものなんだけど、目次を開くと「ロボットと友だちになる本」だの「書物の迷路遊び」だの、最近の興味にピンポイントに響く章題がいくつも並んでいる。

こういう出会い方をしてしまうと、ついうっかり買ってしまう羽目に陥いる。おそらくこの本はもともとこの企画棚に含まれていたものだろうから、偶然の度合いはそれほど強いものではない。たまたま誰かが他の本を棚に戻すときに押しやられて裏側に行ってしまっただけのことだろう。それでも、ちょっと埃が積もり、カバーの背に傷の目立ち始めたその文庫本を目にしたときのドキリという心の動きには抗えなかった。吊り橋効果みたいなものかしらん。

「ヒゲの未亡人」や「正しい数の数え方」の岸野雄一さんのエッセイで、引越しなどのたびに荷物を処分することを繰り返していって、なお手元に残るのはたいてい、入手までの経緯が思い出せなかったり、なんでこんなものを入手しようと思ったのかがわからないようなものばかり、といったことが書かれたものがあった。そうやって残った、偶然性の高いものというのが結局、その人を形作る外的要因の正体なのではないか、といったようなことも書かれていたように思う。

欲しくて欲しくてたまらなかったのをようやく、なんて経緯で手に入れたものは、案外気軽に処分できたりする。それまで、それを手に入れない限りは自分の生活に安寧の訪れることはあり得ず、手に入れたあかつきにはしゃぶり尽くしてなお収まらぬであろう己の激情を想像していたりするのだが、手に入ってしまうと、憑き物が落ちたかのように興味を失ったりする。年をとってくると、狙った通りに手に入れたものは結局その効果も想像の通りで、心がハネないんだよね。ネットショッピングでポチった瞬間に冷静になってしまったりするのと同源だろう。


なんで手元にこれがあるのかわからない本といえば、その岸野雄一さんが監督、加藤賢崇さんが主演した映画『野球刑事ジャイガー』三部作を1999年に一気上映した際に作られたとおぼしきパンフレットが部屋にあるんだけど、僕はこの上映会には行ってないのでなんでそれを持っているのかがまったく思い出せない。このパンフに掲載されている岸野さんの「世界はご都合主義」という文章が、映画というものの面白さと胡散臭さを結びつけたもので、とてもいいんだよね。なのでもちろん処分なんてできない。

で、『野球刑事ジャイガー』の情報を検索していて見付けたページで初めて知ったのだけど、アルファレコードのゲームミュージック専門レーベル「G.M.O. Records」から出ていた、タイトー『ダライアス』のサントラ CD に収録されていたアレンジ、「コンスタンスタワーズ」で岸野さん参加していたのか!!! と驚いて押し入れから現物を引っ張り出してきて(これまた、CD がみっしり入った段ボールが3箱ある内の、最初に開けた一箱目の開いてすぐのところにあったという偶然)、開いてびっくり。sax で菊池成孔、ギターに今堀恒雄、special thanks に43微分音の Syzygys まで入ってる!!! なんだこれ??!!

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これ、どう考えても YEN の小尾一介さんの仕掛けでしょうね…

この CD はたしか近所のレコード屋の掘り出し市で 100円で買ったもの。処分できない CD が一つ増えてしまった。