あえて書かない
坂口安吾の『堕落論』は、ことあるごとに読み返す愛読書の一つである。名作であり、各社の文庫に様々なまとめ方で入っているのだが、角川文庫に収録された『堕落論』(amazon) には「戯作者文学論」が一緒に収録されている。
「戯作者文学論」は、安吾が短編「女体」を書き綴りながら過ごした二十日間の日録である。その十日目に、こんな一節がある。
私はわざと筆をとらない。ふくらみつつある力をはかって、ねころんで本を読んでいる、なんとも壮大で、自分がたのもしい。架空の影の虚しい自信と力なのだが、それを承知で、だまされ、たわいもない話だが、それでほんとうに、いい気なのだから笑わせる。
ただのサボりではなく、力を蓄えているのだと虚勢を張るこの感じがたまらない。そして実際、この後に下痢になったり雑用に追われたりしながらもきっちりと「女体」を書き上げているのだから、それが虚勢であったとしても、帳尻があえば「いい気」でいたっていいじゃないか、という諦観なのだ。
というわけでこれをおおいに見習って、他に書かないといけないものを大量にためこんでいる今、こんなものを書いている。
ところで、『堕落論』を読み返してこの箇所にさしかかるたびに思い出す漫画がある。島本和彦『燃えよペン』(amazon) の、名場面「あえて寝る!」直後のこの箇所。
