キング「死のロングウォーク」に施された仕掛け
前の記事の続き。
スティーブン・キング『死のロングウォーク』のある章にエピグラフとして掲げられた次の一節。
「血が流れだしました! リストンはよろめいています! クレイはやつぎばやに連打をくりだしています! じりじり押しています! クレイはリストンを殺そうとしています! クレイは殺そうとしています!
みなさん、リストンはダウンしました! ソニー・リストンはダウンです! クレイが踊っています……観衆に手を振り……叫んでいます!
ああ、みなさん、このシーンをどうお伝えすればいいのでしょうか、言葉が見つかりません!」
—ラジオ解説者
クレイ対リストン二回戦
この、カシアス・クレイ、すなわちモハメド・アリとソニー・リストンの第二戦。実際には、リストンは第1ラウンドが始まって間もなく、ジャブ一発でダウンしている。ダウンの判定にまつわるゴタゴタがあり、その間にリストンはなんとか起き上がるものの、直後に試合は止められてアリのKO勝ちと判定されたため、二度目のダウンはしていない。なので、上のエピグラフのような事態は起きていないのだ。
さらに言うと、カシアス・クレイは1964年にリストンを破った直後に名前をモハメド・アリに変えており、翌年の第二戦はクレイではなくアリの名前で戦っている。
念のため原書もあたってみたが、日本語訳と同じであり、訳者の間違いということはなさそうだ。となると、これはキングの記憶違いなのだろうか。
ディストピア化したアメリカを舞台とし、そこで毎年行われている国威発揚を目的としたデスゲームを題材としているこの小説のエピグラフは、テレビのクイズ番組やスポーツ番組中のセリフからの引用が多い。あらためて目を通してみると、いくつか実際のものとはやや異なっていると思われるものが見つかった。しかも最後の章のエピグラフに至っては、その小説中の登場人物のセリフが引用されている。
現実のセリフから少しずつ改変されたエピグラフを並べることで、舞台が改変されたアメリカでありつつも、それが現実のアメリカから遠いものではないということを示そうという仕掛けだったのかもしれない。