痛みと空腹
頚椎を痛めて以来、痛みで寝付きが悪くなることが多いのだが、「うわ、これは痛い、こんなの眠れるわけがない。もう駄目だ。」と思っていても、いつの間にか眠っていたことに朝になって気づく、というのを幾度となく経験している。これがさらに痛みが強くなったりまったく慢性化してしまうと滅入ってしまうのだろうが、いまのところは、人間って無理だと思ってても案外眠れてしまうのだなあという驚きと生物の意外な柔軟さに対する感謝の方が勝る。
似たようなところで、悲しみや落ち込みのあまりにもう一歩も動けない、と思っていても、腹が減れば動かざるをえない。こちらも度を越せばそうでもなくなるのかもしれないが、少なくともこれまでは何度となく空腹感には助けられてきた。
自分は生き物なんだなあ、と思うと同時に、その自分を構成するのは何兆という細胞であり、自分の意識なんてものはそのうちのほんの一部でしかないんだよな、ということを、徒然に考える。
別役実『人間至る処青山あり〜ニューヨーク巡礼行』で、末期癌に侵された主人公は死に場所を求めて放浪を重ねた末、最後に少しでも生きようとして、卵を求める。以前はそれを、死に抗おうとした行為だと解釈していたのだが、いまはそれと違う見方ができるようになった。彼はただ、ただ生きようとしただけだったのではないか。彼はきっと、腹が減ったのだ。