理工系学生のための日本語入門書

卒論や修論の指導シーズンになると改めて、いかに最近の学生が文章を書く訓練を受けていないかを痛感させられる。 別に学生の皆さんに責任があるわけではない。単にこれまで学校で訓練を受けていないだけなのだから、 今からでも訓練をすればいい。文章を書く技術は大学を卒業した後にもずっと生きるものだ。せっかくレポートだ論文だと文章を書かざるをえない機会に恵まれているのだから、ぜひともこの機会に習得して欲しい。

といって、間違えて欲しくないのは、習得しなければいけないのはいわゆる「美しい日本語」に代表されるように雅びで優雅な言葉を連ねて流麗な文章を綴ったり、 あるいは漢文読み下し調の格式ある固い文章を書いたりする技術ではない。 確実に相手に考えを伝えられるよう、吟味して言葉を選び文章を書くという姿勢であり、その技法だということだ。普段から目にする文の良し悪しを見抜き、また自分で書いた文を他人の目を意識してやはりその良し悪しを判断できるだけの目を鍛えること。 まずはそこからスタートしていこう。

文章を見る目を養うために、次の三冊をお勧めしたい。

まず一冊目は、理工系学生向けの必読書として知られ、これを読まずに論文執筆に着手してはならないとする研究室もあるという程の名著「理科系の作文技術」(amazon)。 正確に意味を伝達することを最大の目標とする文章の書き方。 文の構造や接続詞の選択、節や章の設計などについて、明確な指針を与えてくれる。 今いる研究室でも、新入生には半ば強制的にこの本を読ませるようにしている。

題材としては理工系の論文や説明書用の文章を題材としているが、明確でわかりやすい文章を書くという目的は他の文書にも当てはまるだろう。日報月報の類からプレスリリースまで、あらゆる社内外文書を書くときに必要となる技能だ。

二冊目は、ベストセラーにもなった「日本語練習帳」(amazon)。これは前掲書よりももっと広範な文章の書き方についての本。著者である大野晋の名前から「美しい日本語」的な文章読本かと思う人もいるかもしれないけど、 やはり基本のしっかりした、伝わる文章の書き方を、その訓練の仕方を含めて解説している。 この本で取り上げられている「縮約」は、僕も中学校の頃にほぼ同じような訓練を受けている。読み書きを交互に繰り返すことで読解力と記述力が同時に身につく、 なかなか効率的なやり方だと思う。インプットだけでもアウトプットだけでもダメ。 両方を一度にやることで、力になる。これをやると、例えば「大きい山」と「大きな山」の違いは何か、といった言葉の使い方・選び方を日常的に気にすることができるようになる。細かいようでいて、「読める」文章を書く上で重要な表現力が身につくようになる筈だ。

三冊目は、「清水義範の作文教室」(amazon)。 これは清水義範が学習塾で手がけていた小学生向けの作文教室で扱った内容をまとめたもので、 前二冊に比べれば対象年齢は圧倒的に低い。だけど、小学生達の書いたイキのいい作文は、それを読む大人達に、そもそもどうして文章を書くのか、文章を楽しく書くとは、といったことを考えさせてくれる。

加えて、彼等の作文を読んで清水義範がどういう点を指摘しているか、も興味深い。 特に、どこをどう誉めているか、については、人の書いた文章の添削をする側として、とても参考になる。同じ著者の「作文ダイキライ―清水義範のほめほめ作文道場」も、この「誉める」指導の実践例が沢山盛り込まれている。絶版のようだけど、あわせて読んでみて欲しい。

「理科系の作文技術」
木下是雄 (中公新書)

Amazon 商品ページ

「日本語練習帳」
大野晋 (岩波新書)

Amazon 商品ページ

「清水義範の作文教室」
清水義範 (早川書房)

Amazon 商品ページ

2010.12.27