夏休み科学教室「センサーとコンピューターで測る、身近な世界」
はじめに
このノートで報告するワークショップは、もともと明治大学理工学部で毎年開催している「夏休み科学教室」向けに設計したものです。コンピュータが身近な世界とどのように関係しているかの一端を学んでもらうためのワークショップとして、2011年以降これまでに3回実施しています。その様子は研究室サイトや研究会報告にまとめてあります。詳しい内容についてはこちらをご覧ください。
- 2011年度夏休み科学教室報告
- 2012年度夏休み科学教室報告
- 2013年度わくわくサイエンスラボ報告
- 「センサによる計測を題材とした小学校高学年向け教材の開発とその活用事例」福地 健太郎, 茂木 大佑: 情報処理学会研究報告 Vol. 2011-HCI-145
このノートでは、これまでの報告には記していなかったワークショップの背景や運営上のノウハウについてまとめておこうと思います。
ワークショップの概要
ワークショップの中身について簡単に説明します。参加者は2名1組になって、下図のようなデータロガーを渡されます。
このデータロガーは mbed を利用したもので、バッテリー駆動でセンサからの値を1秒に1回読み取って mbed の内蔵ストレージに CSV 形式で記録します。PC に USB で接続すると PC からは USB メモリのように扱うことができ、計測終了後に記録された CSV ファイルを読み出すことで、計測データを簡単に取り出して扱うことができます。
ワークショップ冒頭でデータロガーの使い方に慣れた後に、キャンパス内の様々なものを実際に計測します。この際、データロガーには様々なセンサーを挿して使うことができるので、教室で手当たり次第に試した後、気に入ったものを使ってもらうようにします。例えば、圧力センサを使ってものの重さを量ったり、温度センサを持ってキャンパス中を歩き回ってその温度変化を調べたり、曲げセンサを膝にまきつけて歩く動作の検出を狙う、といった実施例がこれまでに出ています。
計測が終わったら、データを取り出し、表計算ソフトを使ってデータをグラフにおこし、分析をします。ここでは細かいところには立ち入らず、特徴ある動きを示した箇所に付箋やペンでそのときの出来事を記したり、全体の形から読み取れることを記入させます。
最後に、できあがったグラフを書画カメラでスクリーンに写しながら、各自が計測してわかったことを発表させます。
データロガーの詳細やワークショップの詳しい様子については、前掲の研究報告をご参照ください。
なぜセンサーによる計測を題材にしたのか
ここでは、このワークショップを設計した背景について述べたいと思います。
科学への不信感
まず、夏休み科学教室への、情報科学科から出講するにあたって一つの目的は、コンピュータや情報科学を少しでも身近に感じてもらう、ということがあります。そのためにはコンピュータ上でプログラミングを体験させるような教室とあわせて、コンピュータが実世界に結びつく姿を見せる教室も必要だと考えました。そこでセンサやアクチュエータをコンピュータで制御する電子工作教室が一つの案として上がったのですが、それだけで済ませてはいけないという思いが私にはありました。というのも、ワークショップを設計した2011年には、東日本大震災と、それに続いた原発事故という、大きな事件が起きていたためです。
ワークショップの基本的な内容を決める締切は2011年の4月頃だったのですが、その頃は発電所本体はひとまず沈静化したものの、実際の自分達の生活へこの事故がどのような影響を与えるのかを具体的に恐れる段階に入っていました。放射性物質がどれほど周辺に飛来しているのかを確かめるべく、ガイガーカウンターを買い求めて計測し、その結果を Twitter 等で報告するといった動きがそこかしこで見られた時期です。実際、毎日のニュースで放射線強度の上昇が伝えられ、また一方で、杉花粉を原発由来の放射性物質と誤認してちょっとした騒動になったりするなどの混乱もありました。
一連の流れの中で実感したのは、科学に対する不信感の高まりです。特に、国の諮問委員会や研究機関主導で動く、大きな組織による科学に対しての不信は強いものがありました。その一方で、ガイガーカウンターの正しい使い方を学ぶ勉強会の開催や計測データの活用を目指した市民科学ネットワークの動きもあり†1、科学に対して我々はいかに取り組むべきか、そのことについて考える重要性があらためて問われていたように思います。
科学と計測
その頃、私は私で、漠然と「量と計測」という概念に興味を持っていて、なにか計測に関することを手がけてみたいと考えていました。そこで色々と下調べをしていて思ったのは、想像以上にそれは重要な概念であり、またその重要さ・面白さを現在の教育ではうまく伝えられていないのではないか、ということでした。
科学の発達の歴史は、すなわち計測技術の発達の歴史と換言してもよいくらい、科学と計測とには密接な関係があります。なにか未知の現象があったとき、その現象を確実に捕捉し、またそれを正確に記録するためには、まず何を測ればよいのかを探り、測った量に対して適切な単位系を定める必要がありますし、それを正確に記録する計測技術の開発が不可欠です。ひとたびそれが確立すれば、そこから次々と新たな事実が浮かび上がっていきます。例えば日々の天候の変化にどう科学的に切り込むかは、かつてはそれこそ雲をつかむような話だったのですが、気圧計が発明され、日々の気圧の変動が記録されるようになるや、それが天候と密接な関係にあることが見出されます†2。以降、気圧を精密に、かつ広範に記録・分析する事で気象の研究は進展するようになったわけです。さらには電信の発達により、遠隔地の気圧と天候の情報をかつてない速度で得られるようになると天気図の精度も向上し、大気の動きが可視化されるようになり、気象の理解がさらに進展するようになります†3。計測技術の発達が、新しい現象の発見と理解につながるのです。
このように、計測・記録技術の発達によって、それまでとりとめもなく漠然と捉えられていた「大きさ」が、計測・記録可能な「量」として次々と「発見」されていく歴史の上に現在の我々の生活は築かれています。時計によって時刻が、簿記によって経済の動きが、楽譜によって音楽が、それぞれ計測・記録され、可視化され、比較の対象となり、定量的な議論の俎上に載せられてきたわけです(参考文献: アルフレッド・W・クロスビー 『数量化革命』)。いまなおそうした取り組みは続いており、2016年現在、世間を賑わせている「ビッグデータ」の類も、こうした試みの延長線上にあると言えるでしょう。
しかしながら、学校で習う「計測」は、こうした新しい現象に斬り込む時の高揚感を伝えるのにはあまり成功していないように思えます。多くは、教科書に書かれている既知の法則の検証に留まり、測定器具や測定手法の信頼性は疑問の余地もないものとして捉えられ、理科の授業を離れればもう自分の生活とは関係のないものとして切り離されているように見受けられます。
コンピュータと計測
一方で、計測を取り巻く状況は、コンピュータとインターネットの発達によって大きく加速されました。それまで計測機器の目盛を人手で読み取って、これまた人手で記録されていたものが、コンピュータとセンサの組み合わせによって自動化されるようになりました。さらにそのデータはインターネットを通じて集積され、交換され、処理されるようになってきています。こうした流れは現在は "Internet of Things (IoT)" と呼ばれるようになり、今後ますますの加速が予測されています。
ワークショップの設計方針と運営ノウハウ
こうした背景を踏まえて、2011年にワークショップ設計の機会が巡ってきたときに、これらのテーマを一つにまとめたワークショップを設計できるのではないかと考えました。
そこで、ワークショップの中心テーマとして「計測」を据えることにしました。すでに述べたように、計測は科学の礎です。これから参加者の一人々々が科学とどう付き合っていくにせよ、科学の基本を深く学んでおくことは大切です。特に計測と記録は極めて重要です。地道である一方で、そこには新しい発見につながる楽しさもあることを、このワークショップで体験してもらうことを狙っています。また、その計測がコンピュータと結びつくことで、これまでに体験していた計測行為とは異なる世界が拓けていくことを学んで欲しいと考えました。
そこで、ワークショップの進行の設計にあたっては、以下の三つの方針を設けました。
- コンピュータを使って計測を楽しく行う
- 計測が身近な生活に深く関わっていることを実感する
- 科学の基礎に計測があることを学ぶ
コンピュータを使って計測を楽しく行う
学校の実験で使う計測器具、例えば温度計だと、計測値が安定するまでしばらく待つ必要があり、またその値を目測して記録する手間があり、その計測の仕方は例えば日なたと日陰の比較、あるいは1分おきの計測、といったように、時間でも空間でも離散的な計測をせざるをえません。そのため、計測の最中に空き時間が生じて飽きがきてしまったり、もっといろいろな場所を測りたいと思っても時間の制約で難しくなるといったことが生じます。
そこで、電子センサとコンピュータによってリアルタイムに計測し結果を記録するデータロガーを導入することで、計測の新しい体験をしてもらうことを狙いました。ポイントは、「変化」に対する感受性が高まるところにあります。すなわち、計測頻度を上げ、また記録を自動化したために、「なにかをすることで、計測結果に即座に変化が生じる」ということに気づきやすくなる、ということです。
参加型エンタテインメントの設計では、この「なにかをしたら即座になにかが起きる」は基本中の基本です。例えば拙作「EffecTV」は、カメラの前に立つ人の動きをリアルタイムに増幅した映像を提示しますが、このリアルタイム性により利用者は、その映像の変化が誰によって引き起こされるのかを瞬時に知り、様々な動きを試したくなります。本システムはその応用と言えるでしょう。温度センサーを持って建物の外に出ると温度が上がる、建物に入れば温度が下がる、という反応を即座に受け取ることで、いろんな場所に行ってみたり、いろんなものを測ってみよう、という好奇心を引き出します。
計測が身近な生活に深く関わっていることを実感する
ワークショップの冒頭では、電子センサが我々の生活空間のいたるところで使われていることを参加者に伝えます。エアコンや自動ドア、ゲームコントローラやスマートフォンなど、据え置きのものから持ち歩くものまで、いまや色々な場所にセンサは使われており、ずっと計測をし続けていることを口頭で伝えるのですが、口で伝えただけだといまひとつピンと来ないようです。そこで、ワークショップではセンサが様々な場面で使えるものだということを身をもって体験してもらうことを狙っています。
データロガーには、パッケージ化されていない、むきだしのセンサを取り付けて使うようにしています。データロガー自体が一つの製品のようには見えず、未完成で不完全なものに見えるようにするためです。それにより、これが日常生活で目に触れる電化製品の中に入っている部品と同じなんだ、ということを実感してもらうことを狙っています。これはどこまで伝わったかはあまり自信がありません。なにせ、いまどきは小型化された製品にもセンサが入っており、今回ワークショップで使ったような無骨なものがそれらに入っているとはちょっと信じにくい、ということがあったかもしれません。
さて、ワークショップの冒頭では、練習としてデータロガーにはまず CdS セルによる照度センサを取り付けて計測してもらいます。このとき、教室の照明をすべて消して、計測値が急に下がっていく様子を観察してもらうようにしています。あたりが暗くなったらセンサが反応して値が変化する、これを一度経験させると、以降の説明はとてもやりやすくなります。周辺環境の変化にセンサが反応する様子から参加者は、例えば暗くなったら自動的に照明がつく装置や、明るくなったらスマートフォンの画面も明るくなる仕掛けなどを連想し、それらの裏側にセンサが働いているということを理解します。
さらにワークショップ本番で、次節で述べるようなセンサの様々な応用を目にすることで、生活の様々な場面でセンサが役立つだろうことを参加者は理解していきます。
科学の基礎に計測があることを学ぶ
ワークショップでは、参加者二人で班をつくって計測してもらいますが、このとき一班に一人、インストラクターをつけています。インストラクターの役割は、データロガーの使い方を教えたり、計測過程で参加者に危険がおよばないよう付き添うことにありますが、さらに追加の役割として、計測対象ができるだけばらけるよう、参加者を「けしかける」ことをお願いしています。すなわち、突拍子もないものを計測することも辞さぬよう、積極的にデータロガーで遊ばせることを狙っています。
これを指示した背景として、ワークショップを実際に開講する前の予想として、放っておけばみんなおとなしいものしか測ってくれないのではないか、という危惧があったからです。開催場所が大学で、周囲は年上の学生や教員ばかりだし、手渡される器具も見慣れないもので、壊してはいけないと恐れるばかりに、手堅いものしか測らない、という事態が起きうることが想像されたのです。
先手を打って、無茶な測定でも遠慮なくやらせるようインストラクターにけしかけさせたのが奏功したか、最終的にはこの目論見はうまくいったようです。
ワークショップでは最後に、各自がどのようなセンサでどんなものを測ってきたかを発表してもらいます。このときに、センサで様々なものが計測できるということを実感してもらうことを狙っています。実際、我々教員やインストラクターの大学生・大学院生も、意外な計測対象や、センサの想定外の使い方に驚かされることがままありました。
このように、いままで測ったことのない、新しい対象をとにもかくにもまずは測ってみて、それをグラフにしてみることで、それをベースに検討し議論を重ねることができる、ということを学んでもらえたと思っています。
課題
今後、同様のワークショップを計画される方のために、これまでの事例でわかってきた本ワークショップの設計の課題点について述べます。
すでに研究報告でも報告済みですが、本ワークショップの最大の問題点は、センサデータを現実の物理量に変換することなく最後の発表まで行わせているところにあります。センサデータは 8bit 整数で取得され、そのまま CSV 形式で記録されています。通常はこの整数から温度や力などの物理量に変換する手順を踏みますが、今回はそれを省略しています。現状では、計測の楽しさまでは伝えられていたとしても、厳密さは伴っておらず、科学的行為の一端とするには大きな落ち度です。
これは科学教室の開講時間の制約によるもので、センサの個体差を較正したりその変換処理を参加者に行わせるだけの余裕がなかったというのがその理由です。例えばセンサを数種類に絞り、すべての計測を教室内で行わせることでこの時間は確保できた可能性はありますが、それは避けたかったため、実装は見送っています。数回に分けて実施できる機会があれば、物理量への変換はぜひとも行いたいと考えています。
一方で、物理量への変換なしでこれまでのワークショップがなにがしか意義のある場になったとすれば、その要因は、計測結果の時系列変化が分析検討の対象であり、複数の班の計測結果を持ち寄って比較・議論するものではなかったことにあるでしょう。異なる物差しで測った量を比較するとなれば、使った物差しそのものをまずは詳しく調べ、調整することがどうしても必要になり、これこそが計測の厳密さを確保するための重要な手順となります。しかし今回のワークショップでは、こうした比較は行わず、あくまでも同一のセンサの値がどのように変化したかの観察のみを行います。そのため、センサの値が具体的にどんな量を示していたのかについては、深追いする必要は生じません。
これはワークショップの主旨からやや外れますが、極端なことを言えば、センサの値から直接アクチュエータを駆動するような制御系を考えれば、センサの値を物理量に変換する必要はありません。両者の間で了解さえされていれば、センサの値をそのまま使えばよいことになります†4
もう一つの大きな問題点としては、データロガーからリアルタイムに返されるフィードバックにあります。現在、部品コストの制約から、スピーカーから音を出してセンサ値の変化を伝える設計になっています。これは当然、ディスプレイによる視覚情報をフィードバックとして加えるべきでしょう†5。ただ音響フィードバックの利点もそれなりにあるため、スピーカーは無くすべきではないと考えています。
おわりに
以上のように、本ワークショップは「計測」を題材に、参加型エンタテインメント作品のノウハウを盛り込んで設計されました。科学的厳密性を犠牲にしてしまった部分がありますので、今後はその改善を図りつつ、同種のノウハウの他分野への応用を考えていければと思います。
もし同種のワークショップの開催を検討されており、開催ノウハウや回路図・プログラムを必要とされていらっしゃる場合は、福地までご連絡ください。
2016.10.5
- †1
- 「ガイガーカウンターミーティング」など。
- †2
- 真空の研究で名を馳せたオットー・フォン・ゲーリケの業績として知られる。
- †3
- "Atmosphere: A Scientific History of Air, Weather, and Climate" Michael Allaby, 2009.
- †4
- これを具体的に進めたものとして、本ワークショップを受け継いで設計された、明治大学総合数理学部・橋本直准教授のワークショップがある。報告に、"SensorAnimator: センシングとアニメーションを組み合わせた科学教材の提案" (WISS2014予稿集)がある。
- †5
- これについては、Google Science Journal という Android アプリが有望そうです。