Tangled Tails

概要

地球とは異なるどこかの星。そこに住む tangled tails という生き物は、個体どうしで尻尾の伸縮が同期するという不思議な性質を持っています。例えば兄の尻尾が伸びれば弟も伸びるし、弟が尻尾を縮めれば兄のも縮み、しかも兄弟がどれほど離れていても、少しの遅れもなく伸縮のタイミングはぴったり同じなのです。

さて、そんな星にも我々人間と同じような、道具を使いこなす種族が生まれ、そのうちに tangled tails の性質に目をつけ、家畜として様々な用途に使うようになりました。

これは、そんな生き物が住む世界でどのような文明が育まれうるのか、を考えるための作品です。

Tangled Tails とは

tangled tails は、架空の生物を模した動くぬいぐるみです。無線LANを通じて同期して伸縮する尻尾を持ち、同じグループに属する tangled tails はすべての個体の尻尾が同じ長さを保つようになっています。

尻尾の長さはおよそ10cmあり、手でもって伸ばしたり縮めたりすることができます。その長さは計測され、同期した個体へとその情報が転送されます。情報を受け取った個体はモーターによって尻尾の長さを調整し、長さの情報を正確に伝えることができます。

Tangled Tails の使い方

長さを伝える

Tangled tails の尻尾を使えば、10cm までの長さをその尻尾で測ることができます。その長さは同期した別の tangled tails にそのまま伝わりますので、長さを数値化して記録したり、伝達する必要はありません。

あらかじめ何の長さを計測するのかについての情報を共有した状態であれば、遠隔地間で長さの情報を瞬時に伝達することができます。

例えば DIY ショップに tangled tails をもって行き、家族に片割れの tangled tails で電球のソケットの大きや必要な釘の長さなどを測ってもらえば、それに合った電球や釘を買い求めることができます。長さを数値化してメモしたりそれをメールしたりせずに伝達することが可能です。

その他の量を伝える

長さの情報以外にも、長さに変換可能な量であれば同じように伝達することが可能です。例えば、ばねばかりの仕組みを使えば重さの情報を伝達することができますし、水銀柱式の温度計があれば、温度を伝えることができるでしょう。

命令や情報を伝える

例えば尻尾の長さを5等分して印をつけ、それぞれに情報を結びつければ、5種類の情報を伝えることも可能です。これは古代ギリシャで実際に使用された、hydraulic telegraph と原理を同じくしています。古代ギリシャでは敵の襲来を伝達する目的で使われた事例がありますので、同様の伝令業務へ tangled tails が利用できるでしょう。

記号を介さないコミュニケーション

Tangled tails がもたらす量の伝達は、間に記号化の過程を持ちません。

「長さ」に代表される「量」の伝達は、我々の文明においては、量を計測して数値へと変換し、それを文字という記号にして記録することで行われています。この過程は「離散化 (discretization)」あるいは「数値化 (digitization)」と呼ばれます。

数値へと変換することの利点は、

この二つの特性により、情報や知識が社会で広く流通するようになり、我々の文明は大きく発展しました。例えば星の運行を記録し、長年蓄積されたデータから得られた知識を国の隅々へと行き渡らせ、普段の生活に役立てる、といったことが文字を介して行われました。多くの営みが数値化され、記号化され、記録されたことで、文明は絶え間なく進歩したのです。

Tangled tails がもたらす「量の直接伝達」は、我々の文明が持つことのなかった伝達手段です。「長さ」という量を、数値化して記録することなく、直接人に伝えることができる経路を人類が手にしたら、文明はどのような違った道筋を辿ったのだろうか、それを考えることで、我々の文明の特質を浮び上がらせることを狙っています。

上で示した使い方の例はわかりやすさを優先して、暗に記号による情報共有との併用を前提にしています。しかし、もし記号の発達よりも先に tangled tails を使った通信が普及した場合に、どのような記号体系が発達しうるか、の思考実験を行うために開発したのが、今回実装したシステムになります。

tangled tails を経由する情報通信におそらく近い通信形態として、トーキングドラムや口笛言語(silbo など)があるでしょう。これらを参考にするならば、口頭言語の発達を追うような形で tangled tails 通信が発達するであろうと想像することができますが、一方で長さによる表現がどこまで豊かな表現力を獲得できるかはわかりません。これが現在の研究課題となっています。

実装

tangled tails は MQTT 通信によって、個体間で長さ情報を交換しています。そのため、厳密にはその裏側では数値情報が行き交っています。ただし離散化されたその数値はユーザーからは隠されており、意識されることはありません。

現在の実装では Raspberry Pi 3 Model B を使用して無線ネットワーク接続およびモータースライダーの制御をしています。また Arduino を ADC がわりに使用しています。モバイル WiFi を利用すればどこででも接続することができるため、例えば家と家具売り場とで同時に使用するといったことも可能になっています。

tangled tails 自体は、長さの同期以外の機能は一切提供していません。いつ通信するか、何の長さを同期させているのか、といった情報は別経路で伝える必要があります。

関連研究

石井らの「Handscape」は、メジャー型のデバイスで長さを測定すると、数値化された情報がすぐにコンピュータに送信され、記録されます。測定した本人は、その長さを表わす数値を直接確認せずとも、正確な寸法を記録に残すことを可能とします。この場合、コンピュータに蓄積された情報は記号化されたものとなります。

渡邊らの「LengthPrinter」は反対に、Web 上やコンピュータ上に記録されている数値を、実態を持った長さへと変換するプリンターとして提案されたものです。出力された「長さ」は非記号的存在ですが、それを出力するのに必要な情報は数値としてどこかに記録されたものを利用しています。

Tangled tails は、長さを入力として、かつ長さを出力とした上で、さらに入出力が同期したものです。同期した入出力はもはや「入力」と「出力」とが渾然としており、それらを区別することは難しくなります。このような通信形態は、言葉によるコミュニケーションとは性質が異なることを、石井らは「inTouch」によって示しています。

大西らは力覚を遠隔間で相互作用させることを可能にしたバイラテラル・ロボットの研究を進めています。tangled tails では長さの共有に焦点を絞っているため、遠隔通信に伴う遅延の影響を無視していますが、力覚の共有を視野に入れた場合に遅延の問題は無視できないことを指摘し、それを解決する手法を大西らは提案しています。

tangled tails にまつわる物語のうち、遅延のない遠隔通信に関する発想の一部は、オースン・スコット・カード『エンダーのゲーム』に始まる「エンダーバース」作品で扱われている「フィロティック接続」を取り入れています。

また、tangled tails という名前は、ルイス・キャロル "A Tangled Tale" と「量子もつれ (quantum entanglement)」とを、尻尾 (tail) にかけているものです。

物語

これは地球とは異なる、ある星の物語。

その星にまだ、道具を使い、言葉を話すような生物がいなかった頃。

厳しい弱肉強食の世界において、小動物が生き残る進化の道は、子孫を沢山残すか、さもなくば逃げたり隠れたりする能力を発達させて、少しでも長く生き延びることしかない。 多くの種は遺伝的多様性によってその両方の選択の間を行ったりきたりしながら、最適なバランスを目指していた。

そんな小動物達の中に、我々の目から見ると非常に変わった生存戦略を選んだ種があった。

地球の動物に例えるならネコやウサギにやや似たそれは、極寒の地で、長い尻尾をたくみに操ることで、凹凸が多く不安定な雪原の上でも捕食者から逃れる術を身につけていた。しかしながら星が氷河期に入ると、平常時にだらりと身体の外に出た尻尾は体温を奪う要因であり、種の存続をおびやかすこととなる。やがて、普段は尻尾を体内に収納し、敵に追われたときには尻尾を伸ばすことで環境の変化に対応したものが生き残った。しかしながら、緊急時に素早く尻尾を伸ばすのは身体の構造上難しく、じわじわとその数を減らしつつあった。

そんなときに、どのような運命のいたずらか、ある特殊な能力を突然変異によって身につけた個体群が現われた。誰かが敵から逃がれようとして尻尾を伸ばすと、その血縁関係にある個体全員の尻尾も、つられて伸びるようになったのである。お陰で、最初に敵に出くわした個体が捕まってしまったとしても、同族の者は尻尾が伸びることで危険を察知し、素早く逃走態勢に移ることができ、逃げおおせる確率が高くなったのである。

いまのところ、彼らがいったいどのような手段で尻尾の伸縮を同期させているのかは明らかにされていない。常に吹雪が吹き荒れるこの星の極地において、鳴き声はほとんど役に立たないし、視界もほとんど効かない。確実に言えるのは、彼らはどれだけ離れていても、尻尾の伸縮は少しの遅れもなく同期したということだけだ。

もしその星で科学が十分に発達することがあれば、その現象の研究から「量子もつれ (quantum entanglement)」の理論的解明を生み、やがて「フィロティック物理学 (philotic physics)」の成立を促し、あるいは超光速通信への道を切り開くことになったかもしれない。

やがて氷河期が終わる頃には彼らはおおいに数を増やしていた。寒さが緩み、環境が変化するにつれ、尻尾の同期の必要性は薄れるかと思いきや、意外な形でそれは種の存続に一役買っていた。繁殖期には、彼らの雄は雌を追いかけて組み伏せることで交尾を遂げるのだが、濃い血縁関係にある雌雄間では、雄が雌を追うために尻尾を伸ばすや否や、雌の方でも尻尾が伸びるために、滅多なことでは雄は雌に追いつけなかった。そのため近親交配は極めて起きにくく、種の存続を確かなものにしたのである。

さて、それからまた長い時間が経過し、この星にも二足歩行を覚えることで両手の自由を獲得した種族が現われた。彼らはたちまち道具を使いこなし、狩猟採集社会を経て農耕牧畜社会への足がかりを得ていた。彼らを便宜上「ヒト」と呼ぶことにするが、ヒトが目をつけたのが、尻尾の伸縮を同期させる小動物であった。ヒトがその小動物をなんと呼んでいたのかは定かではないため、"tangled tails" とここでは呼ぶことにする。

ヒトは当初、捕獲した tangled tails 達の尻尾を引っ張ったり押し込んだりすると、それにつられて尻尾が伸縮するのがいることを見て楽しんでいただけだったのだが、すぐにそれを実用に供することを思いつく。血のつながった tangled tails を二人でそれぞれ一匹ずつ携帯し、一方がその尻尾を引っ張れば、音を立てずにもう一方に合図を送れるということに気付いた者がいたのだ。複数人での狩りの際に、これはおおいに役立つこととなった。

tangled tails の使い道は狩りにとどまらなかった。すぐに皆が理解したのは、それは「長さ」を伝えることに役立つ、ということだった。釣り上げた魚の大きさを集落に伝えたり、必要な建材の大きさを建築現場から石切場へと伝えることができた。記憶に頼らず、瞬時に情報を伝えることができるこの生き物がヒトの生活になくてはならないものとなった。

やがて家畜化された tangled tails は品種改良され、尻尾の長い tangled tails が生み出されるようになった。大きな部族になると tangle tails の血縁グループをいくつも飼育し、複雑な情報を伝えあうことで、狩りの成功率を高くし、共同作業の効率を向上させ、ますます繁栄していった。

そのまま彼らの社会は持続的に発展していくものと、この星の歴史を概観することができたなら誰もが思うところだったが、tangled tails に頼った彼らの社会は、それ以上高度なものに発展することなく、いつしか環境変化の波に飲まれて、滅んでいってしまった。彼らは粘土板や木簡に記録を残す文化を獲得しなかったため、彼らがいったい何を考え、どのような活動をしていたのかを、後世に残すことはなかった。

ヒトが滅んだ後、家畜化された tangled tails の形質は、ヒトとの共存によってかろうじて保たれていたため、再び野性化した tangled tails からは瞬く間に失われていった。

今回、かろうじてつがいの tangled tails を保護できたのは、僥倖という他はない。今後、詳しく生態を調査しつつ、いまや失われてしまった、tangled tails を使った文明の姿を明らかにしていきたい。